金栗四三は大河ドラマ【いだてん】のモデルで元ネタ!生い立ちや名言も!

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いだてん~東京オリムピック噺~」が、2019年1月6日(日)からスタートします!!

 

今回は、大河ドラマスタート前ということで、「いだてん」のモデルとなった人物・金栗四三について注目していこうと思います!

 

金栗四三の生い立ち、名言を紹介していくので、チェックして大河ドラマに備えていきましょう。

 

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金栗四三さんは大河ドラマ『いだてん』のモデルで元ネタ!

 

 

2019年の大河ドラマ「いだてん」は、実在した人物である金栗四三さんがモデルとなっています。

 

実在した人物の事実をベースとした、脚本家・宮藤官九郎さんのオリジナル作品となるんだとか。

 

特に元ネタとなるようなものはありません。いえ、事実が元ネタとなります。

 

「いだてん」に登場するキャラクターも実際に存在していた人となり、名前もそのままです。

 

100%事実ではありませんが、かなりの部分で事実と重なった作品となることは間違いありません。

 

宮藤官九郎さんといえば、コメディータッチな作品が多いのが特徴ですが、

 

今回は事実をベースとした作品であるため、いつものようなクドカンワールドはちょっと見られないかもしれませんね。

 

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金栗四三さんプロフィール!生い立ちは?

 

https://twitter.com/nhk_td_idaten/status/1076816279879733249

 

「いだてん」のモデルとなった金栗四三さんについてここでは紹介していきます。

 

名前は金栗四三(かなくりしそう)と言い、

 

1891年8月20日、熊本県玉名郡の現在の和水町にて誕生。

 

8人兄弟の7番目の子として生まれたそうです。

 

子供の頃はとても優秀だったようで、学年で1位、2位となる成績だったんだとか。

 

学校から家までがとても遠く、小学生の頃は片道12㎞中学生の頃は片道20㎞を走って登下校していました。

 

優秀だったため進学するよう勧められた金栗四三は、東京高等師範学校へと進学することとなりました。

 

ここで、当時学校長だった嘉納治五郎と出会います。

 

当時学校では年に2回マラソン大会が開催されており、入学直後の春の大会に出場したときは25位という成績でした。

 

雪辱を晴らすために出場した秋の大会、ここでは1位、2位を上級生に譲ったものの3位でゴール!

 

1年生ながら3位入賞ということで嘉納治五郎に表彰され、2年生のときには熱心に勧誘をしてくれた徒歩部(陸上部)へ入部することを決意します。

 

徒歩部へ入り、金栗四三は才能を開花していきます。

 

ちょうどそのころ、嘉納治五郎は東洋で初めてIOC委員(国際オリンピック委員会)に選出され、

 

1912年・第5回ストックホルムオリンピックへ日本のオリンピック参加が求められていました。

 

実はオリンピック、今でこそ国を挙げて盛り上がっていますが、当時国は思い腰をなかなか上げなかったそうです。

 

日本で予選会を開催するまでが大変な道のりだったようで。

 

金栗四三は予選会に参加!当時日本にはランニングシューズなんてものはなく、

 

足袋を履いて出場しました。にも関わらず当時のマラソンの世界記録を、なんと27分も上回るタイムで優勝したのです。

 

これには世界が驚きました!こうして、金栗四三は日本で初めてのオリンピック選手となりました。

 

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オリンピック選手となりオリンピックに出場するまでに多くの人の力があったこと、おそらくこの部分もしっかりと「いだてん」で描いてくれることでしょう。

 

金栗四三はマラソンでオリンピックに出場したのですが、結果は散々なものでした。

 

外国人選手のハイペースに圧倒され自分の走りができず、順位は下位でした。

 

しかしなんとか追い上げ、折り返し地点では17位と躍進!ですが、後半で倒れてしまいそのまま意識を失ってしまいます。

 

オリンピック初出場ということで、事前の準備がしっかりできていなかったこと。

 

また海外の気候に対応しきれなかったことが原因として挙げられ、今後のオリンピックに活かされることとなりました。

 

ちなみに意識を失い倒れてしまった金栗四三。倒れていたところを地元の方が助けてくれたのだとか。

 

大会本部に棄権届けが出されていなかったため、記録は「棄権」ではなく「行方不明」…。これ実話です。

 

最初のオリンピックに出場したことは、日本のスポーツの大きな一歩となりました。

 

https://twitter.com/nhk_td_idaten/status/1074950900618211328

 

その後、ベルリンオリンピックを目指す金栗四三らは、

 

前回の反省を活かし海外でもベストを尽くすことができるようさまざまなことを練習に取り入れていくようになります。

 

 

準備万端でベルリンオリンピックへ出場!…のはずだったのですが、

 

戦争によりオリンピックは中止となってしまいます。

 

このとき、ちょうど選手として脂ののった26歳。

 

戦争により、オリンピックの夢が経たれてしまうこととなりました。

 

自分が選手としてオリンピックに出場しなくなっても、金栗四三はマラソンの普及に全力を注ぎます。

 

あの箱根駅伝を誕生させたのは、ほかでもない金栗四三です。

 

ここまででも、金栗四三がいかに素晴らしい人であるのか、

 

なぜ今回大河ドラマの主人公として名が挙がったのか、

 

分かっていただけるのではないでしょうか。

 

「いだてん」でどのように実話がドラマとして放送されるのか楽しみですよね!

 

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金栗四三さんの名言は!

 

https://twitter.com/nhk_td_idaten/status/1075662084694790145

 

金栗四三さんは「体力・気力・努力」という名言を残しています。

 

この名言は、金栗四三さんの人生そのものです。

 

スポーツ選手はもちろんですが、すべての人が参考にするべきことであるといっていいのではないでしょうか。