【逆転人生】ゲストの藤井裕子とはどんな人?経歴や会社は?

翌年に東京開催を控えたオリンピック。前回のリオデジャネイロオリンピックでは、女子柔道で開催国ブラジルの選手が優勝し、柔道では悲願の初・金メダルをとりました!

 

実はその裏側に、日本人女性指導者の存在があったのです。藤井裕子さん(37歳)。

 

2013年からブラジル女子代表コーチに就任し、昨年からは男子代表チームの監督も兼任するというご活躍ぶりです。そんな異色の柔道指導者・藤井裕子さんについてまとめてみました。

 

 

【逆転人生】ゲストの柔道指導者・藤井裕子さん

異郷の柔道指導者

愛知県大府市出身の藤井裕子さん。5歳の頃に、地元の大石道場に入門して柔道を学び始めました。

 

そこは吉田秀彦(バルセロナ五輪・金メダリスト)

谷本歩実(アテネ・北京五輪金メダリスト)らを輩出した名門

 

その薫陶を受けて稽古を重ねていた藤井さんは、ジュニア時代には強化選手にも選ばれており、

中学時代に全国2位、高校時代には全国3位という成績を収めていました。

 

広島大学の教育学部に進学し、研究科(博士課程)を修了。同時に現役選手としての活動を終えていたはずの彼女が、どうして金メダリストを生み出すほどの指導者になったのか…?そのカギは、海外の環境にありました。

 

英国・バース大学へ

 

2007年、藤井さんはイギリス・バース大学へ留学し、その当時は競技生活からは離れていたようです。ご本人は、選手としてのオリンピックの経験はなかったのです。

 

イギリスは100年前には柔道が伝えられており、今なおとても盛んな国です。優秀な柔道経験者として教えを請われたのか、2010年にはイギリス柔道ナショナルチームのコーチに招聘され、活動していました。

 

教育を学び、さらに優れた技を持っている彼女はとても貴重な人材だったのでしょう。

 

結果として、2012年開催のロンドンオリンピックでは、ジェマ・ギボンズ選手が女子78kg級で銀メダルを取るという快挙を成し遂げ、その指導の優秀さも証明されたのでした。

 

 

藤井裕子さんプロフィール(経歴など)

 

名前:藤井裕子(旧姓:中野)

生年月日:1982年生まれ(現在37歳)

血液型:

出身地:愛知県大府市

仕事:柔道指導者・ブラジル男子ナショナルチーム監督(2018年~)

 

“ナショナルチーム”指導の仕事

 

日本国内では、トップレベルの柔道指導者は圧倒的に男性優位社会です。

 

女子で有能な選手、メダリストであっても、監督という立場に就く人は珍しく、多くがコーチや他の分野に活動のフィールドを切り替えて様々な方法で後進の指導に当たっているのが実情です。

 

しかし、藤井コーチの仕事は、そのスタートが海外のチームでの指導でした。教育学部で学んだ、人に教えるというメソッドがこの時役に立ったことは間違いありません。

 

そして彼女が次に出会ったのが、ブラジル人女子選手のラファエラ・シルバ選手なのです。

 

スラム出身の柔道家

 

ラファエラ・シルバ選手はブラジル・リオデジャネイロ市でも有数のスラム街で生まれ育った苦労人です。麻薬と暴力のはびこる環境の中で、8歳の時に出会った柔道に人生を救われたともいうべき人物です。

 

彼女を指導したのがアテネ五輪・銅メダリストだったフラビオ・カント選手。NGO「レアソン」の元で稽古を続けたシルバ選手は16歳で世界ジュニア大会を制するなど、大きく成長しました。

 

彼女を支えたのはそうした社会的な支援と、好成績を収めることにより得られる奨学金だったのです。そうして臨んだ2012年のロンドンオリンピックでは二回戦で優位に進めていたはずが、判定負け。

 

その後SNSでその貧困や人種について差別的な中傷に悩まされるようになり、法的措置なども取られることとなりましたが、彼女自身のメンタルダメージが大きく、一時期は競技の継続も危うくなるほどだったのです。

 

そんな時に出会ったのが“ユウコセンセイ”。

 

イギリスのナショナルチームからスカウトされてブラジル代表チームのコーチとしてやってきた藤井さんだったのです。当時藤井さんイギリスで知り合った夫の陽樹さんと結婚、妊娠したばかりでブラジル生活がスタートしたのです。

 

夫は彼女のために教職を辞して現地に同行し、2014年に息子の清竹くんが誕生しました。今ではそんな藤井ファミリーの一員のように一枚の写真に納まるシルバ選手。

 

藤井さんとの間には強い絆が生まれ、緻密な指導で弱点を押しのけたシルバ選手は不屈の闘志で母国ブラジルで開催されたリオオリンピックで、史上初の女子柔道金メダルを勝ち取ることになったのでした。

 

現在の活動について

 

柔道ブラジル男子代表監督に就任

 

まだロンドン五輪以来の問題を抱えていた時期のラファエラ・シルバ選手に出会い、その特性を見抜いた藤井さんは、彼女の内面に寄り添うことからその指導を始めました

 

シルバ選手は自身の問題だけでなく、次世代を担う子供たちの人権、そして同様に貧しい環境に置かれていた女性らのことも含めて、さまざまな思いやプレッシャーを背負って柔道を続けていたのです。

 

視野に入れていた引退も撤回し、胸を張って出場した地元開催のリオデジャネイロ五輪でさまざまな苦難を乗り越えての金メダル。それが彼女だけでなく、周囲に大きな影響を残したのは言うまでもありません。

 

二年後の2018年、その功績から藤井さんはブラジル男子ナショナルチームの監督を任されることになりました。現在もブラジルの地で、藤井さんは自分よりも大きい選手たちを相手に熱心に指導を続けているのです。

 

目標は2020年の東京オリンピック。最強のチームを育てて祖国日本への凱旋を目指しています。

 

 

 

ジーコ・オフィシャルサイト

「柔道ブラジル代表監督、藤井裕子さんに聞く(2018.09.09)」

http://zico.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-7320.html