ドラマ【太陽の子】ロケ地や撮影場所はどこ?お寺や海岸など

本作は、終戦記念日に放送された特集ドラマです。

 

第二次世界大戦の末期、日本でも原子爆弾の開発研究を行っていました。

 

京都帝国大学では、核分裂エネルギーの研究から新型爆弾を作り出そうと若い研究者らが奮闘していたのです。

 

切迫していく戦況と、身近な存在の生死、揺り動かされていく若者たちの葛藤、哀しみをつぶさに描いていました。

 

これは「F号研究」として、京都帝大理学部の荒勝文策教授のもとで行われていた原爆開発の日々のドキュメンタリーをもとにしたフィクションです。

ドラマ【太陽の子】キャストやあらすじは?

 

昭和20年の京都、切迫していた戦況の中で、建物の強制疎開で家を失った世津(有村架純)は、体の不自由な祖父(山本晋也)とともに、幼馴染の石村修(柳楽優弥)の家に身を寄せることになりました。

 

そこには、修の母・フミ(田中裕子)がおり、なにくれとなく世話をしてくれたのです。

 

修は京都帝大の荒勝教授(國村隼)のもとで原子物理学を学ぶ学生でした。

 

その頃、大学には海軍の関係者が訪れ、戦況を変える新型爆弾を開発して欲しいと協力を求めるようになっていました。

 

修たち学生も乏しい物資の中から実験を繰り返し、その研究を懸命に行っていたのです。そんなある日、修の弟で出生していた軍人・裕之(三浦春馬)が戻ってきました

 

その夏、つかの間…石村家には穏やかな時間が戻ったのです。

 

しかし、裕之は肺を病んで戦場を離れた自身を悔やみ、そしてまた修も、ままならない実験結果に悩むようになっていったのです。

 

そして運命の八月がやってきました…。

ドラマ【太陽の子】ロケ地や撮影場所はどこ?

 

さすがNHK、撮影協力のテロップにも個別の場所の名称はありませんでしたが、そこにあったのは、この三件。

 

太秦フィルムサポーターズ

東京エキストラNOTES

小山町フィルムコミッション

 

実際には、こちらに加えて京丹後フィルムコミッションなども協力しているようですね。

 

舞台が京都ということで、大文字の山が見えたり、加茂川べりの緑が美しいシーンがふんだんに盛り込まれていますが、詳細な場所までは絞り込めませんでした。

 

さて、それでは主なロケ地です。

 

出生していく学徒の見送り

京都大学

〒606-8501 京都府京都市左京区吉田本町

※東一条通の正門から京都大学百周年時計台記念館を正面に見た場所です。

 

 

 

法観寺の八坂の塔が見える路地

〒605-0828 京都府京都市東山区金園町390

リュックを背負って歩く修

※金剛寺の門前から見えた風景です。

 

 

久野陶園

〒309-1631 茨城県笠間市箱田1804

清水焼の陶器屋「釜いそ」

※修が澤村(イッセー尾形)に硝酸ウラン(黄色の釉薬)を分けてもらいに行った場所。

 

南禅寺三門

〒606-8435 京都府京都市左京区南禅寺福地町86

※修や裕之が折に触れて訪れている場所。

 

 

筑波海軍航空隊記念館

〒309-1717 茨城県笠間市旭町654

京都帝大・物理学研究室

※映画「永遠のゼロ」などでも使われたロケ地です。

 

妙心寺・法堂

〒616-8035 京都府京都市右京区花園妙心寺町61

修が見た竜

※実験に没頭する修が夢に見た竜。

 

 

京丹後の海岸、丹後松島・平海水浴場

〒627-0233 京都府京丹後市丹後町平 平

修・裕之・世津が訪れた海岸

 

 

住友大阪セメント伊吹工場跡地

〒521-0314 滋賀県米原市春照

焼け野原の広島

※修たちが、原爆の威力の恐ろしさを見ていた場所(立ち入り禁止区域)

 

 

原爆ドーム

〒730-0051 広島県広島市中区大手町1−10

 

※物語冒頭とラストシーンで修が、原爆の恐ろしさを噛みしめて見上げていた場所。今回特別に許可が下り、撮影が行われました。

 

 

撮影は昨年の9月に行われていたようです。まさか、その時にはこんなことになるなんて、誰も予想していませんでしたね。

 

三浦春馬さんの演技は素晴らしく…この作品は多くの人の胸に忘れえぬものを刻んでいったはずです。

 

見逃した方には朗報です。

8月19日㈬、午後11:40~午前01:00(80分)

是非ご覧くださいね。