映画【人数の町】原作やネタバレは?結末の意味とは?

2020年9月公開映画「人数の町」、主演は中村倫也さん。ユートピア=理想郷という言葉を聞いたことあるかもしれませんが、

この映画はユートピアのようで、実は「チュート」に管理された本当の自由のない町。

 

監督自身がそれぞれが名前をなくし、「人数」に置き換えられた時、恐怖を覚えることから着想を得た映画です。

 

映画【人数の町】原作やネタバレは? 

この原作は監督の発想から生まれています。

映画【人数の町】原作について 

人が名前ではなく「人数」に置き換えられる世界。つまり今もネット社会において「いいね」で人は表現できています。

すべての世界が、個人の名前ではなく、「数」に数えられて、置き換えられていく世界を考えたとき、

 

監督自身はそういった世界に恐怖を覚えるといいます。そこから着想を得てこの映画の原案となりました。

なので原作はなく、荒木監督自身が原案を出し、それを監督自身が脚本に起こしたと言う形になります。

 

映画【人数の町】原作やネタバレは?

この「人数の町」は、衣食住は必ず保障されるが、その町から出る事は出来ない。それはこの街に入ったときに、首に埋められた物。

町に入ると住民は、戸籍がなくなり「番号」が与えられ、「デュード」と呼ばれる。そして互いに「はい、フェロー」とあいさつし、

 

そのあと「相手を褒める」ことをすれば、どんな会話をしても自由。食事も自由に食べられる。ただしSNSに「褒める」「ディスる」指示を遂行すると、与えられる。

そして、男女間の性交渉も自由。それを規制すると争いが起きるため。しかし、結婚や家族を持つことは許されない。

 

フェンスの中に入る人々は、犯罪者や、借金で苦しんでいる人を、チュートが連れてくる。そしてフェンスの中で衣食住を約束される。

その代りに、SNSのコメントを数多く入れたり、バスで外出し「選挙」に参加し、投票率を上げたりする。

 

つまり、衣食住を与えられる代わりに、投票率を上げる数になり、SNSの「いいね」の数になる。しかし、チュートから離れることはできない。

おそらく首に埋め込まれたのは、「骨伝導スピーカー」のような物。それを通して離れるほどに「大音量」の音楽が流れ、頭が割れるような感覚になる。

 

その大音量を聞くくらいなら、衣食住が保証され、軽作業をしてプールでのんびりできる日常がいい。とチュートたちはフェンスから出ようとしない

 

映画【人数の町】結末について!結末の意味は? 

デュードには友愛のパーカーが与えられ、チュートは黄色いつなぎを着ている。

 

映画【人数の町】結末について! 

蒼井は借金取りに追われていたが、チュートに助けられ「居場所を与える」と、バスに乗って町に連れてこられた。

この町に入るということは、「戸籍を失くす」こと。つまりもう今までの日常世界に戻っても、自分は存在しない人間となる。

 

しかし、そこに失踪した妹を探して「紅子」がやってきた。妹の「みどり」に再会するも、妹はこの町から出る気持ちはなかった。

この町で「家族」を持つことは許されないため、娘のももは別にある「保育施設」で育てられていた。

 

「紅子」は元の社会に戻ろうとしていた。蒼井は「ここにいたほうがいい」というが紅子にだんだん惹かれていき、ついにももを連れ3人で脱出をした。

しかし、チュートに町に戻されるとき「大人しく数になっておけばいい」と言われ、自分は「数だった」と気づいた蒼井は、

 

チュートを気絶させ車を奪った。チュートが持つ機械があれば「音楽」は聞こえない。

充電が切れかけていた機械だったが、チュートから新たな機械を奪い町を抜け出せた

 

しかし、そこで分かったのは、紅子がすでに妊娠していたこと。すでに町に来る前に妊娠していたらしい。

そして戸籍もなくなっていた。病院へ行くもチュートが迎えに来た。しかし、チュートの誘いを断り、現実社会に戻ろうとする蒼井達。

 

そして、時が経ち紅子のお腹も大きくなったが、音楽を遮断する機械があれば何とか暮らせた。

しかし、出勤する蒼井が機械をもっていかないことに、紅子は気づいた。

 

結末の意味は?

結末には「友愛のパーカー」を着る男性と、チュートのつなぎを着る男性の後姿が写っていた。

そして、「人数の町」を見て、デュートに「この景色は美しくないか?」と訊ねていた。

 

そして、なぜ美しく見えるのか?それは「この町が自由だからだ」という、チュートは蒼井だったのだ。

つまり、戸籍を失い「人数の町」の外で生活するには、デュードをスカウトしてくるチュートになるしか方法がなかった

 

しかし、チュートにはデュードでいたころのように、「自由な世界」はなかった。戸籍がないため、人間として与えられる普通の自由は得られなかった。

戸籍は「人数の町」に入ったときに失ったが、その戸籍はほかのことに利用されていたのだ。

 

そして、デュードたちが外で投票していたのも、「盗まれた」投票券を売買する男性から買い上げたものだった。

家族を持たせないのも、「人工中絶」や「ネットカフェ難民」の数を減らすため。すなわちデュードの生活はすべて「数」を減らしたり、増やしたりするためにあった。

 

まとめ

・原作はなく監督の原案が脚本化された

・「人数の町」では簡単な作業の代わりに、衣食住が保証されている

・町から脱走した者には、戸籍がないので元の生活には戻れない

・町の外で生活するには、自分がチュートになるしかない

 

「人数の町」では、何らかの訳ありの人たちが、数字と「はい、フェロー」というあいさつで呼び合い、

プールで交流を深めながら、おなかがすいたらSNSへの書き込みを行い、食事を与えられる。

 

すべてを奪われたことに気づくのは、町を脱出した者だけ。そして、町をでると「自由」を奪われていることにやっと気づく。

映画全体は淡々と進んでいくが、その中にもチュートとデュードの駆け引きがあって、静かな攻防が繰り広げられている。

 

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30代の子持ちの会社員です。気楽に生きようとしています^^; ADHD発達障害や、うつの既往もありでましたが、今は毎日楽しんでブログを書いてます! 現在は見ての通り、ドラマ関係、トレンド系や生活のネタなどの記事を多く書いています。 子供がいて記事を書く時間がなかったり、他のライターさんと協力して記事を書かせて頂いています。ためになる情報も書いていきたいです! ドラマ記事がメインですが、まだ小さい子供もいるので、テレビ記事、子供番組なども書いていけたらと思っています! 一つのことに集中するのは苦手な方でいろいろかじってやっているのですが、みなさんが楽しんで読めたり、参考になれば嬉しいです。 間違った情報などあれば、教えていただければ幸いです。 コメントなどくださると嬉しいです!